2017年11月10日

娯楽読物4-9 こうしてゴンドラは着いた

 こうしてゴンドラは着いた――町へむかってゆく汽船の残した波にゆられながら。市庁の役人がふたり、両手を背に、顔を潟のほうへむけたまま、なぎさを行ったり来たりしていた。アッシェンバッハは、ヴェニスのどの船着場にも必らずかぎざおをたずさえて出張っている、あの老人にたすけられながら、踏板をつたわってゴンドラを見すてた。

そして小銭がなかったので、棧橋のとなりにあるホテルへ入って行った。そこで金をくずした上、思いどおりの賃銀をこぎ手に払うつもりだったのである。玄関口で用向をすませて、もどってくると、手荷物は波止場の手押車にのせてあったが、ゴンドラと船頭は消えてしまった。

「あいつは行ってしまいましたよ。」かぎざおをもった老人が言った。「悪い男です。免状を持っていないのですよ、旦那。船頭で免状のないのは、あいつひとりでさあ。ほかの連中からここへ電話がかかってきました。あいつは自分が待ち受けられているとわかったのです。そこで行ってしまったわけですよ。」

 アッシェンバッハは肩をそびやかした。
「旦那はただでのっていらしったわけだ。」と老人は言いながら、帽子をさし出した。アッシェンバッハは貨幣を投げこんだ。かれは荷物を水浴ホテルへ持ってゆくようにさしずすると、その手押車のあとについて、並木道を通って行った。両側に酒店や勧工場や下宿屋があって、ななめに島をつらぬきながら、なぎさまで走っている、白い花の咲いた並木道である。

 かれは広壮なホテルへ裏側から、庭に面したテラスからはいってゆくと、大きなロビイと玄関口をぬけて、事務所へ行った。通じてあったので、かれはまめまめしいのみこみ顔で迎えられた。支配人――黒い口ひげのある、フランス風な仕立のフロックコオトを着た、小柄な、ものしずかな、こびるようにいんぎんな男が、かれをエレベエタアで三階へ案内して、部屋を教えた。

それは桜材の家具のついた、感じのいい室で、強いにおいのする花で飾ってあり、高い窓々からは、ひらけた海への展望がきいた。その使用人が引きさがったあと、かれは窓の一つへ歩みよった。そして背後で荷物がはこびこまれ、部屋の中におさめられているあいだ、かれは午後らしく人かげのとぼしいなぎさと、日の当っていない海とをながめ渡していた。海は満潮時で、低い長くのびた波を、おだやかな一定した拍子で、岸へ送っていた。

 孤独でだまりがちな者のする観察や、出会う事件は、社交的な者のそれらよりも、もうろうとしていると同時に痛切であり、かれの思想はいっそうおもくるしく、いっそう奇妙で、その上かならず一抹まつの哀愁を帯びているものだ。

ひとつのまなざし、ひとつの笑い、ひとつの意見交換で片づけてしまえるような形象や知覚が、不相応にかれの心をとらえ、沈黙のうちにしずみ、意味ふかいものとなり、体験となり、冒険となり、感情となってしまう。

孤独は独創的なものを、思いきって美しい、あやしいほど美しいものを、詩というものを成熟させる。孤独はしかし、倒錯とうさくしたもの、不均衡なもの、おろかしいもの、ふらちなものをも、また成熟させるのである。

――だからここへくるみちのさまざまな現象――恋人についてうわごとを言った、いやらしい年寄りのめかし屋や、営業をとめられている、賃銀をもらいそこなったゴンドラの船頭などが、今なお、この旅人の心をおちつかせないのだった。

それらは理性に対して困難を提供しもせず、実を言うと省察の材料を与えもしないのだが、それでいて、かれの感じたところでは、本来きわめて奇異なものであった。そしておそらくはその矛盾によってこそ、心をおちつかせないのであろう。

そのあいまに、かれは目で海にあいさつしながら、ヴェニスをこれほど手のとどきやすい近さに意識するという喜びを感じた。ようやくかれは身を転じて、顔を洗って、部屋づきの女中に、居心地のよさを完全にするためのさしずを二三あたえてから、緑の服装をした、エレベエタアがかりのスイス人に、一階までおろしてもらった。

 海に向いたテラスで、かれは茶を飲んだ。それから下へおりて行くと、海岸の遊歩道に沿って、ホテル・エキセルシオオルの方角へ、かなりの距離を進んで行った。帰ってきた時には、もうばんさんのために着がえをする時間になっているらしかった。

かれは身じまいをしながら仕事をするくせがあったので、その流儀で、ゆっくりときちょうめんに着がえをした。そして、それでもいくぶん早目にロビイへ現われた。そこには泊り客の大部分が、たがいによそよそしい様子で、相互に無関心をよそおいながら、しかしみんな一様に食事を待ちながら、あつまっていた。

かれはテエブルから新聞を取ると、皮の安楽いすに腰をおろして、一座をながめた。かれの最初の滞留地にいた連中とは、かれにとってこのましいちがいかたでちがっている一座だった。

 寛大にいろんなものを包含している、広い視野がひらけていた。方々の大国の言語のひびきが、おさえられた調子でいりまじっている。どこにでも通用する夜の正装が、外面上、人間的なもののさまざまな変種を、礼儀正しいひといろに総括している。

アメリカ人の無味なまのびのした顔つきや、人員の多いロシアの家族や、イギリスの貴婦人たちや、フランスの保母のついているドイツの子供たちなどが見える。スラヴ系の成分が勝っているらしい。すぐそばでは、ポオランド語が話されていた。





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2017年11月09日

娯楽読物4-8 およそだれでも、はじめて、

 およそだれでも、はじめて、または久しくのらなかったあとで、ヴェニスのゴンドラにのらねばならなかったとき、あるかるいおののき、あるひそかなおじけと不安を、おさえずにいられた人があるだろうか。譚詩たんし的な時代から全くそのままに伝わっていて、ほかのあらゆるものの中で棺だけが似ているほど、一種異様に黒い、このふしぎなのりもの――これは波のささやく夜の、音もない、犯罪的な冒険を思いおこさせる。

それ以上に死そのものを、棺台と陰惨な葬式と、最後の無言の車行しゃこうとを思いおこさせる。そしてこういう小舟の座席――棺のように黒くニスのぬってある、うす黒いクッションのついたあのひじかけいすは、この世で最もやわらかな、最もごうしゃな、最も人をだらけさせる座席であることに、人は気づいたことがあるだろうか。

アッシェンバッハはそれを知覚した――船首にきちんとひとまとめにしてある自分の荷物とむかい合って、船頭の足もとに腰をおろしたときに。こぎ手たちは相変らず争っていた――乱暴に、わけのわからない言葉で、いかく的な身ぶりで。

しかしこの水都の一種特別なしずけさは、かれらの声をやわらかく受けいれて、とかして、流れの上一面にふりまくかに見えた。ここの港内はあたたかだった。熱風シロッコのそよぎになまぬるくさわられながら、しなやかな水の上でクッションにもたれたまま、旅人はいかにも異常な、と同時に甘美な遊惰を楽しみつつ、目をとじた。

船路ふなじは短かいのだろう、いつまでもつづけばよいものを、とかれは思った。かすかにゆられながら、かれは自分が雑踏と声のもつれから、すべり去ってゆくのを感じた。

 身のまわりが何と静かに、そしていよいよ静かになってゆくことか。かいの立てる水音、波が小舟のへさきに当って立てるうつろなひびき――へさきは急勾配に、くろぐろと、そして先端をほこのように武装されて、水の上に突き出ているのである――それからもうひとつ、ある言葉、あるつぶやき――歯のあいだから、けいれん的に、こぐ腕の動きにつぶされたような音おんで、ひとりごとを言っている船頭のささやき――そういうもののほかには、何ひとつきこえなかった。

アッシェンバッハは目をあげた。そしてかるいいぶかりとともに、身のまわりに潟かたがひらけて、船路が沖合へむかっているのに気づいた。つまり、かれはそうのんびりと休息しているわけにはゆかないような、意志の遂行を少しは志さねばならぬような情勢だったのである。

「じゃ、汽船の発着所までだ。」とかれは、なかばふりかえりながら言った。つぶやきはとだえた。なんの返事もなかった。

「じゃ、汽船の発着所までだ。」とかれはくりかえしながら、すっかりうしろをふりむいて、船頭の顔をまともに見あげた。船頭はかれのうしろの一段高くなった船べりの上に立ったまま、色のあせた空を背にして、高くそびえていた。

それは無愛想な、いや、残忍な顔つきの男で、水夫らしく青い着物にきいろの飾帯かざりおびをしめ、あみ目のほどけかかった、つぶれたむぎわら帽を、ぐいとななめにかぶっていた。かれの顔立と、上むきの短かい鼻の下にある、ブロンドのちぢれた口ひげとは、かれを少しもイタリア種らしく見せなかった。

からだつきはむしろ細いほうだから、その商売に大して長じているとは思えないにもかかわらず、かれはひとこぎごとに全身を投げかけながら、ぐいぐいといきおいよくかいをあやつっていた。二三度、気張ってくちびるをあとへ引きながら、白い歯をあらわした。赤ちゃけた眉をしかめて、客の頭越しにむこうを見やると同時に、きっぱりした、ほとんど乱暴な調子でかれは答えた。

「旦那はリドまで行くんでしょう。」
 アッシェンバッハは応じた。
「そりゃそうさ。しかしわたしがゴンドラにのったのは、ただサン・マルコへ渡してもらうためだ。わたしは小蒸汽を利用したいのだ。」

「小蒸汽にはのれませんよ。」
「と言うと、なぜだね。」
「小蒸汽じゃ荷物は運びませんから。」

 それはその通りだった。アッシェンバッハは思い出したのである。かれはだまった。しかしこの人間のぶっきらぼうな、高慢な、異国人に対してあまりにも国ぶりにそぐわぬ調子は、やりきれない気がした。かれは言った。

「それはわたしの勝手だ。もしかしたら、荷物は預けてしまおうかと思っている。あともどりするんだね。」
 しんとしたままだった。かいがぴたぴたと音を立て、水がにぶくへさきに当った。すると例の話し声とつぶやきが再びはじまった。――船頭が口の中でひとりごとを言っているのである。

 どうしたらいいのか。この妙に逆らうような、気味の悪いほどきっぱりした人間と、たったふたりきりで水の上にいる旅行者は、自分の意志を貫徹する手段を、何ひとつ持たぬのである。自分がもし腹を立てていないとしたら、ともかくどんなにかゆったりと休むことができるだろうに。

この舟路が長くつづくことを、いつまでもつづくことを、自分は願わなかったろうか。物事をなりゆきにまかせるのが、最も賢明なのだ。しかもそれは何よりもまず、きわめて快適なことなのだ。かれのうしろにいる専断的な船頭のかいのはこびに、ごくやんわりとゆられながら、かれの座席――低い、黒いクッションのついたひじかけいすからは、怠惰のもつ魅力が発散するかと思われた。

一人の凶漢の掌中におちいってしまったという観念が、夢のようにアッシェンバッハの心をかすめた――自分の考えを呼びあげて、能動的な防衛を講じさせることはできずに。すべてが単純なゆすりをめざしているのかもしれぬと思うのは、いっそう腹立たしい気がした。

一種の義務感または自尊心、いわば、そういうことを予防せねばならぬという警戒が、もう一度かれに気を取りなおさせる力をもった。かれは問うた。
「船賃はいくらだね。」

 するとかれの頭越しにむこうをながめながら、船頭は答えた。
「払ってもらいます。」

 これに対してどう言い返すべきかは、はっきりきまっていた。アッシェンバッハは機械的に言った。
「わたしは一文も払わない。びた一文も払わない。もしきみが、わたしの行こうとも思わないところへ、わたしをつれてゆくのならね。」

「リドへ行こうというんでしょう。」
「しかしきみといっしょには行かないよ。」
「じょうずにこいで行ってあげまさあ。」

 それはそうにちがいない、とアッシェンバッハは思った。そして緊張を解いた。――それはそうにちがいない。きみはじょうずにこいで行ってくれる。たとえきみがわたしの所持金に目をつけて、うしろからかいでひとなぐりして、わたしを冥府めいふへ送ったとしても、やっぱりきみはじょうずにこいで行ったことになるのだろう。

 しかしそんなようなことは何一つ起こらなかった。それどころか、道づれが現われてきた。それは音楽的なおいはぎども――ギタアやマンドリンにつれて歌う男女たちをのせた一隻のボオトで、その連中はあつかましくゴンドラとすれすれに進みながら、水の上のしずけさを、物ほしそうな、外国人向きの詩歌でみたしたのである。

アッシェンバッハは、さし出された帽子のなかへ、金を投げこんだ。するとかれらは沈黙した。そしてこぎ去った。そこで船頭のささやき声がまたきこえ出した。船頭はけいれん的に、きれぎれにひとりごとを言っているのである。



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2017年11月08日

娯楽読物4-7 空は灰いろで、風はしめっていた

 空は灰いろで、風はしめっていた。港や島々が取り残された。そしてまたたくうちに、あらゆる陸地は、もやのかかった視界から消えてしまった。石炭のこまかい粉が、湿気でふくらみながら、洗われた甲板の容易にかわかない上へふっていた。一時間後にはすでに、帆布の屋根が張られた。雨がふりはじめたからである。

 外套がいとうにくるまって、本を一冊ひざにのせたなり、この旅行者は休息していた。そしてかれの知らないうちに、幾時間かすぎた。雨はやんでいた。リンネルの屋根はとりのけられた。水平線は完全だった。くもった大空のもとに、荒涼とした海の巨大な円盤が、ずうっとひろがっていた。

しかしうつろな、区分のない空間の中では、われわれの感覚は時間の尺度をも失ってしまう。そしてわれわれは不可測の境地で夢うつつになるものだ。影のように奇妙な人物――あの老いぼれのおしゃれや、船の奥にいるやぎひげなどが、なんともつかぬしぐさや、わけのわからぬ夢語むごをともなって、この休息者の脳のなかを通って行った。そうしてかれは寝入ってしまった。

 正午ごろ、かれは中食のために、廊下めいた食堂へむりにおりて行かされた。そこへは寝室兼用の船房のとびらが通じていて、そこの長いテエブル――その上座でかれは食事をしたのだが――の末座のほうでは、例の店員たちが、あの老人をもこめて、十時以来、元気な船長といっしょに鯨飲げいいんしていた。

食事は貧弱だった。そしてアッシェンバッハは、すばやくたべ終った。かれは空模様を見ようとして、かり立てられるようにそとへ出た。――ヴェニスの上空は、いったい明るくなろうとはしないのかしら。

 明るくなるにちがいない、とよりほかにかれは考えていなかった。なぜならいつでもその都は、光り輝きながらかれを迎えたからである。しかし空と海は相変らずにごってなまりのようで、時々きりのような雨が落ちてきた。

そしてかれは、水路を行く時には、今まで陸路をとって近づきつつ見いだしたヴェニスとは、ちがったヴェニスに到達するのだ、と観念してしまった。かれは遠くを見渡して、陸地を待ち望みながら、前檣ぜんしょうのかたわらに立っていた。

むかし夢に丸屋根や鐘楼が、このうしおの中からうかびあがってくるのを見た、あのゆううつで熱狂的な詩人のことを、かれは思い出した。あの当時つつましい歌となった、畏怖と幸福と悲哀のうちのいくらかを、ひそかにくりかえしてみた。

そして早くも形づくられた感覚に、苦もなく心を動かされながら、ある新しい感興と混乱、感情の晩おそい冒険が、旅にあるこのなまけ者のために、あるいはまだ取っておいてありはせぬかと、自分の厳粛な疲れた心をぎんみしてみた。

 そのとき右手に、平らな海岸が浮きあがってきた。漁船が海をにぎやかにしていた。温泉島が見えてきた。汽船はその島を左手に残して、速力をゆるめながら、その島にちなんだ名の、せまい港をぬけて進み、潟かたのところへくると、ごたごたとみすぼらしい家並やなみに面して、完全に停止した。検疫けんえきのはしけを待たねばならぬからである。

 そのはしけが現われるまでに、一時間たった。人々は到着していながら、しかも到着していないわけだった。すこしも急ぎはしないのに、それでいてじれったい気持にかられるのを感じるのである。例のポオラの町の若い連中は、公園のあるあたりから水を渡ってひびいてくる軍隊の号音にも、おそらく愛国的に心をひかれたのであろうが、甲板にあがってくると、アスティ酒のいきおいで、対岸で調練をしている狙撃兵たちにむかって、万歳をとなえた。

しかしあのめかしこんだ老人が、いつわって青年たちに伍ごしていた結果、どんな様子になってしまったか、それはじつに不愉快なながめだった。かれの老いたのうずいは、若々しく強壮なのうずいとはちがって、ぶどう酒に抵抗する力がなかった。

かれはなさけないほど泥酔していた。目をとろんとさせて、巻たばこをふるえる指にはさんだまま、からくも平衡へいこうをたもちながら、酔いのために前後へひっぱられて、ひとつところをよろよろしているのである。

一歩でも歩いたら倒れたかもしれないので、かれはその場を動く勇気がなかったのだが、それでもあわれな元気を見せて、近よる者をたれかれとなく、ボタンをつかんで引きとめては、あやしいろれつでしゃべったり、目をぱちつかせたり、くすくす笑ったり、ゆびわのはまったしわだらけのひとさしゆびを立てて、くだらないじょうだんを試みたり、そしてたまらないほどみだりがわしく、舌のさきで口のはたをなめたりした。

アッシェンバッハは眉をくらくしながら、かれの様子をながめていた。するとまたしても、まひしたような感じにおそわれた。まるで世界が、奇怪なゆがんだものへ醜化してゆくという、かるいながらもとどめがたい傾向を見せているかのような気がしたのである。

が、そういう感じにおぼれていることは、もちろん事情がゆるさなかった。というのは、ちょうどそのとき、機関の搗つくような動きがまたはじまって、船は目的地のつい近くで中断された航行を、ふたたび開始しながら、サン・マルコの水路を進んで行ったからである。

 かくしてかれはふたたび、あの最もおどろくべき阜頭ふとうを見た。この共和国が、近づく航海者たちのうやうやしいまなざしにむかってかかげてみせる、幻想的な建築物のあのまばゆい構図を見たのである。

――宮殿の軽快な華麗さとためいき橋と、水ぎわの獅子と聖者のついた円柱と、童話めいた殿堂のきらびやかに突き出ている側面と、門道と大時計を見とおすながめと――そしてかれは、じっと見やりながら、陸路をとってヴェニスの停車場に着くというのは、一つの宮殿の裏口からはいるのにひとしい、そして人はまさに、今の自分のごとく、船で、大海を越えて、都市のなかでの最も現実ばなれのしたこの都市に到達すべきだ、と考えた。

 機関はとまった。ゴンドラがいくつも寄ってきた。舷門梯げんもんていがおろされた。税関の役人たちがのりこんできて、いいかげんな調子で役目をはたした。上陸をはじめてもいいことになったのである。アッシェンバッハは、自分と自分の荷物を、町とリド(訳者註。原意はなぎさ。ヴェニスの潟の中にある細長い地帯の称)の間を往復する小蒸汽の発着所まで運んでくれるべきゴンドラがほしいむねを、通じさせた。海岸に宿を取るつもりだったからである。

かれの計画は賛意を表された。かれの願望を、ゴンドラの船頭たちが方言でたがいに言い争っている下のほうの水面まで、大声にどなってくれる者があった。かれはまだ下船をさまたげられていた。ちょうど今、はしごまがいの階段を、大骨折でずるずると引きずりおろされてゆくかれのトランクが、かれをさまたげているのである。

そこでかれは数分のあいだ、あのいやらしい老人の無遠慮からのがれることができない羽目になった。老人は酔いにもうろうとかり立てられて、この未知の男に別れのあいさつをしたのである。「この上なく愉快なご逗留とうりゅうをいのります。」とかれは足をうしろへ引いておじぎをしながら、やぎのなくような声を出した。

「どうかよろしくご記憶を願います。Au revoir(ではまた)、excusez(ごめんください)、そうして bon jour(ごきげんよろしゅう)、閣下。」かれの口はよだれを流している。かれは目をむりにとじる。口のはたをなめる。そしてかれの老いたくちびるの下の染めたひげが逆立つ。

「よろしくお伝えください。」とかれは、二つのゆびさきを口にあてたまま、もつれる舌で言うのである。「かわいいおかたに――世にもなつかしい、世にもきれいなかわいいおかたに、どうぞよろしく……」すると突然、かれの義歯がうわあごからはずれて、したくちびるの上へ落ちた。

アッシェンバッハはのがれるすきをみつけた。「かわいいおかたに、おやさしいかわいいおかたに。」というはとのなくような、うつろな、そしてろれつのまわらない声を、アッシェンバッハは、綱の手すりにつかまって舷門梯をおりてゆきながら、うしろに聞いていた。



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2017年11月07日

娯楽読物4-6 いくつかの世俗的な事務と

 いくつかの世俗的な事務と文筆的な事務とが、旅ごころにもえる者を、あの散歩ののちなお二週間ばかり、ミュンヘンに引きとめていた。ようやくかれは、例の別荘を、住み移れるように四週間以内にととのえておけと、さしずを与えた。そして五月中旬と下旬のあいだのある日、夜汽車でトリエストへ旅立ったが、そこには二十四時間滞留しただけで、その次の朝、ポオラ行の船にのりこんだ。

 かれの求めていたものは、異国風で関連のない、それでいてすぐ手に入れ得るものだった。そこでかれは、アドリア海の数年来有名になったある島に、足をとどめた。島はイストリアの岸に近く、きれいな色のぼろをまとった、全く耳なれぬ言葉の農民が住み、海のひらけている個所には、美しくさけめのできた断崖のけしきがあった。

しかし雨とおもたい空気と、小市民的な、小じんまりとオオストリアふうなホテル客と、そしてなだらかな、砂地のなぎさでなければ得られぬ、海に対するあのやすらかにしっとりした関係の欠けていることが、かれの気持をいらいらさせ、うまく自分の目的地にきたという意識を、かれに起こさせなかった。

内心のある衝動が――それはどこへむかっているのか、かれにはまだはっきりわからなかったのだが――かれをおちつかせなかった。かれは船の連絡をしらべた。さぐり求めつつ、あちこちを見まわした。すると突然、思いがけないと同時にごく自然に、行先がかれの眼前に見えた。

一夜のうちに、その比類のないところへ、童話のように異常なところへ達しようというなら、どっちへ行くのか。しかしそれはわかりきっている。自分はこの土地でどうしようというのだろう。自分は道をまちがえたのだ。あそこへ旅行するつもりだったのだ。

ためらわずにかれは、このあやまった滞在の中止を通告した。島に着いてから一週間半ののちに、快速のモオタアボオトが、かれとかれの荷物を、もやのかかっている朝、水の上をあの軍港へとつれもどした。そしてかれはその港で上陸したが、それはただすぐに踏板ふみいたを渡って、ヴェニスへ出帆するばかりになって碇泊ていはくしている船の、しめったデッキを踏むためであった。

 それはイタリアの国籍をもつ、老朽したのりもので、古ぼけて、すすけて、陰気だった。アッシェンバッハは、船に踏み入るとすぐに、せむしのきたならしい水夫によって、にやにやしたいんぎんな調子で、船の奥のほうの、洞窟どうくつのような、人工照明の船室へ、むりやりに入れられたが、そこには、テエブルのむこうに、帽子をななめにかぶって、巻たばこの吸いさしを口の隅にくわえたなり、旧式な曲馬団長のような顔つきをした、やぎひげの男がひとりすわっていた。

男は気取った顔つきをしながら、軽い事務的な態度で、旅客たちの身の上についての事項を書きとめては、かれらに乗船券を交付しているのだった。「ヴェニス行ですね。」とかれは、アッシェンバッハの請求をおうむがえしに言いながら、片腕をのばすと、ななめにかたむけたインキ壺つぼの、かゆのような残りかすの中へ、ペンをさしこんだ。

「ヴェニス行の一等ですね。今さしあげますよ。」そう言って、大きなまずい字を書くと、小箱から青い砂を取って、その字の上にまいて、砂を陶器の皿の中へ流しこんでから、きいろい骨ばった指で券を折りたたんで、また書いた。

「行先をじょうずにおえらびになりましたなあ。」とかれは書きながらしゃべった。「なるほどヴェニスか。すばらしい町ですよ。教養のあるかたにとっては、たまらないほど心をひかれる町です――その歴史から言っても、また現在の魅力から言ってもね。」

かれの動作のなめらかなすばやさと、それにともなう空疎くうそな饒舌じょうぜつとは、どこか人をぼうっとさせるような、わきへつれて行くようなものをもっていた。なんとなく、この旅客のヴェニスへむかおうという決心が、まだぐらつきはしないかと、心配しているかのようなふうなのである。

かれは急いで金を受け取ると、ばくちの世話人のような器用さで、つり銭をテエブルのよごれたらしゃ張りの上へおとした。「どうぞごゆっくりお楽しみなさいまし。」とかれは俳優めいたおじぎをしながら言った。

「この船にのっていただくのを光栄に存じます。……さあ、皆さん。」とかれはすぐに腕を高くあげながら言って、まるで事務がぐんぐん進行してでもいるようなふうをした――用事をすませてもらおうとしている人なんぞ、あとにはもう一人もいないのに。アッシェンバッハは甲板へもどった。

 片腕をらんかんにもたせながら、かれは、船の出発の時に居合せようとして波止場はとばをぶらついているのんきな群衆と、船上の旅客たちとをながめていた。二等の連中は、男も女も、箱や包みを腰かけにして、前甲板にうずくまっていた。

若い人たちのひとむれが、第一の甲板の旅行団体をなしていた。これは生き生きした気持で、イタリアへの小旅行に集まっている、ポオラの町の商店員たちらしかった。

かれらは自分たちのことや、自分たちのくわだてのことを、すくなからずさわざ立てていて、しゃべったり笑ったり、好い気になって自分たち自身の手まね身ぶりを楽しんだりすると同時に、同僚たちが折カバンを小わきにかかえて、商用で海岸通りにそうて歩きながら、この遊んでいる連中をステッキでおどかすのに対して、達者なあざけりのことばをあびせかけた。

ひとり、淡黄の、極端に流行ふうな仕立の夏服に、赤いネクタイをつけ、思いきってへりのそりかえったパナマ帽をかぶった男が、からすのなくような声を出しながら、ほかのだれよりもはしゃいだ様子を見せていた。しかしアッシェンバッハは、その男にいくらか余計注意してみるやいなや、この青年がにせものなのを、一種の驚愕きょうがくとともに認めた。

かれは老人である。それはうたがうわけにいかなかった。小じわが目と口のまわりをかこんでいる。頬の淡紅は化粧だし、色のリボンでまいてあるむぎわら帽の下の、くりいろの髪の毛はかつらだし、くびはやつれてすじばっているし、ひねりあげた小さな口ひげと、下くちびるのすぐ下のひげとは染めてあるし、笑うときに見せる、きいろい、すっかりそろった歯並は安物の義歯だし、両方のひとさしゆびに認みとめ印つきのゆびわのはまった手は、老人の手なのである。

ぞうっとしながら、アッシェンバッハは、その男の様子と、その男が友人たちと相伍あいごしている有様とを見守っていた。かれが老いているのを、不都合にもかれらと同じ気取った、はでななりをしているのを、不都合にもかれらの仲間の一人に扮ふんしているのを、かれらは知らぬのであろうか。

気づかぬのであろうか。見受けたところ、かれらは当然のこととして、また習慣的に、かれの仲間入りをゆるし、同類として扱い、かれがふざけて脇腹を突つくのを、いやとも思わずに突つき返している。これはどういうぐあいのものなのだろう。

アッシェンバッハは片手でひたいをおおって、寝が足りないためにほてっている目をとじた。かれには、いっさいが全くあたりまえとばかりは思えない気がした。なんとなく、世界が夢のようにへだてられ、奇妙なものへゆがめられてゆくけはいが、あたりにはびこってゆくように思われた。

これは自分の顔をすこし暗くしてから、ふたたびあたりを見まわしたら、あるいは制止することができるかもしれない、とかれは思った。ところがそのせつなに、泳いでいるような感じがかれをおそった。そして不合理なおどろきとともに目をあげながら、かれは、重い暗い船体が、徐々に岸壁からはなれてゆくのに気づいた。

機関が前後に動いているあいだに、少しずつ少しずつ、波止場と舷側げんそくとのあいだの、きたならしく光る水の帯が、幅をひろげていって、たどたどしい操作のうちに、汽船は船首の斜檣しゃしょうを沖合のほうへ向けた。アッシェンバッハは右舷のほうへ歩を移した。そこに例のせむし男が、かれのために寝椅子をひろげておいてくれたのである。そしてしみだらけの燕尾えんび服を着た給仕スチュワアドが、かれの用向をたずねた。



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2017年11月06日

娯楽読物4-5 かれは時代とともに若くて粗野だった

 かれは時代とともに若くて粗野だった。そして時代からよい助言を得なかったかれは、公生活でつまずいたり、失策を演じたり、弱点をさらけ出したり、常識とつつしみに対して、言行ともに違反を犯した。しかしかれは威厳をかくとくした。

かれの主張によると、この威厳をえようとする当然の衝動と刺激は、あらゆる偉大な才能に、うまれつき備わっているのである。いや、かれの進展全体は、威厳へ向っての、意識的な、反抗的な、懐疑と皮肉のあらゆる障害を越えて進む上昇であった、と言ってさしつかえない。

 形成というもののはつらつとした、精神的に拘束しない具体性は、市井しせいの大衆の悦楽となっている。しかし無制限な情熱をもった青年たちは、ただ問題的なものだけに心をとらえられる。そうしてアッシェンバッハは、どんな若者とも同じ程度に、問題的であり、無制限であった。

かれは精神の奴隷となり、認識で乱作をおこない、まくべき種子をひいてつぶし、秘訣けつを放棄し、才能に容疑をかけ、芸術を裏切った。――じっさい、かれの創作が、信頼しつつ鑑賞する人たちを、楽しませ、高め、生気づけていた一方、若々しい芸術家なるかれは、二十歳の人たちを、芸術の、芸術家生活自体の、うたがわしい本質に関する毒舌で、疲れさせなやませたのであった。

 しかし高貴な有為ゆういな精神というものは、認識のもつ鋭いにがい魅力に対して、最も早く最も徹底的に、鈍感になるものらしい。そして青年のもつ、憂愁をふくんできわめて良心的になっている徹底性も、巨匠となった壮年のかの深刻な決意にくらべれば、浅薄さを意味する、ということはたしかである。

それはつまり、知識というものが、意志、行為、感情を、そして情熱をすら、すこしでもなえさせ、沮喪そそうさせ、成りさがらせる傾向のあるかぎり、それを否定し、拒絶し、昂然と乗り越えて行こう、という決意なのである。

「みじめな男」についてのあの有名な物語は、その柔弱な愚劣な半悪党の姿に具体化されている。当代のいかがわしい心理主義への嫌悪けんおの激発として解釈するほかに、どんな解釈の仕様があろう。――それは無気力から、背徳から、道徳的な気まぐれから、自分の妻をあるなま若い男の腕のなかへ追いやりつつ、そして深刻さから、下劣なことをおこなってもかまわぬと信じつつ、一つの運命をだましとる男なのである。

ここで非道なものを弾劾だんがいしている言葉の重圧は、あらゆる道徳的懐疑からの、奈落ならくに対する共感からの転向を宣明し、いっさいを理解するのはいっさいをゆるすことだという、同情的な命題のだらしなさに対する絶縁を宣明した。

そしてここに準備されたもの、いや、すでに実現されたものは、かの「更生せる天真の奇跡」であった。少したってから、この著者の対話編のなかで、あきらかに、そして神秘的な強調をいくらかこめて、言及された奇跡なのである。

ふしぎな連関ではないか。この時期に、かれの美的感情のほとんど過度に強まったのが認められたのは、――名人芸と古典性とのじつに明白な、いや、計画的な特徴を、それ以後かれの製作にさずけた、あの構成上のけだかい純潔と簡素と均整とが認められたのは、この「更生」の、この新しい品位ときびしさとの、精神的な結果だったのだろうか。

しかし知識のかなた、分解し阻止する認識のかなたにある、道徳的果断というもの――それはふたたび、世界とたましいとの単純化を、道徳的簡易化を、従って同時に、悪へ、禁断のものへ、道徳的に不可能なものへの強化を、意味してはいないだろうか。そして形態というものは、二種の相貌そうぼうをもってはいないだろうか。

それは道徳的であると同時に非道徳ではなかろうか。――たんれんの成果及び表現としては道徳的だけれど、元来一つの道徳的無関心を包含しているかぎり、いや、道徳的なものを、その堂々たる専制的な支配のもとに屈せしめようと、特に努力しているかぎり、非道徳的であり、反道徳的でさえもあるのではなかろうか。

 それはともかくとして、発展というものは一つの運命である。そして広汎こうはんな公衆の関心と大衆的信頼をともなう発展と、名声の栄光もあいきょうもなしに実現される発展とが、ことなった経路をとらないわけがあろうか。

一つの偉大な才能が、放縦ほうじゅうなさなぎの状態からぬけ出て、精神の品位をゆたかな表現で知覚するのになれ、孤独の――助言者もない、つらいひとりきりのなやみや闘争にみちた、そして人々の間で権力と名誉をかちえた孤独というものの、厳格な風習をおびるとき、それを退屈と感じて冷笑しがちなのは、永遠のジプシイかたぎだけである。

それに才能の自己形成の中には、なんと多くの遊戯と反抗と享楽とがあることだろう。グスタアフ・アッシェンバッハの提示するものには、時とともに、役所風で教育的なおもむきが現われてきた。かれの文体は、後年には端的な奔放ほんぽう性を、巧緻こうちな斬新ざんしんな陰影を欠いた。

それは模範的で固定したものへ、みがきのかかった伝統的なものへ、保守的なものへ、形式的なものへ、型にはまったものへすら、変って行った。そしてルイ十四世について伝説が主張しているとおり、この初老の男も、その言葉づかいからいっさいの野卑やひな語を追放してしまった。

文部当局がかれの著書の精選された幾ペエジを、規定の学校用読本の中へ取り入れたのは、そのころであった。それはかれの心にかなったことだった。そうして即位したばかりの、あるドイツの君主が、あの「フリイドリヒ」の作家に、その五十回目の誕生に当って、貴族の身分をさずけたとき、かれはそれを辞退しなかったのである。

 動揺の数年ののち、二三度そこここに滞留してみたのち、かれは早くもミュンヘンを永住の地としてえらんで、精神というものに特別な例外の場合にさずけられるような、市民的栄位について、そこでくらしていた。

かれがある学者の一族から出た少女と、まだ青年のころにむすんだ結婚生活は、短かい幸福期ののちに、死によって断たれてしまった。娘がひとり――すでに人妻だが――かれに残った。むすこというものを、かれは一度ももったことがなかった。

 グスタアフ・フォン・アッシェンバッハは、中背というよりもすこし低目で、浅黒くて、無髯むぜんだった。頭は、すんなりしているくらいのからだつきのわりに、いくらか大きすぎるかに見えた。

てっぺんがうすく、こめかみのところが非常に濃こく、そして白くなっていて、うしろへなでつけてある髪の毛が、深いしわのたくさんある、いわばきずあとでもついているような、秀ひいでたひたいをふちどっている。

金のふちなしめがねの金かな具が、みじかい、上品な曲線をもつ鼻のつけねにくいこんでいる。口は大きく、時にゆるんでいるが、時に突然ほそくなって――ひきしまる。頬ほおのあたりはこけて、しわがより、よく発達したあごには、やわらかい裂目さけめができている。

たいていは無抵抗に横にかしいでいるこの頭の上を、さまざまな意味ぶかい運命が、通り越して行ったらしく思われる。それでいて、普通なら苦しい、動揺した生活がしとげる、あの人相上の仕上げを、この場合引き受けたものは、芸術だったのである。

このひたいの奥で、ボルテエルとあの国王とのあいだにかわされた、戦争についての会話の、電光に似たやりとりがうまれたのだ。この目が、めがねごしのものうげな深いまなざしで、七年戦争の野戦病院の、血にまみれた地獄をのぞいたのだ。

個人的に考えても、むろん芸術とは一つの高められた生活である。芸術は一段とふかい幸福を与え、一段と早くおとろえさせる。それに奉仕する者の顔に、想像的な精神的な冒険のこんせきをきざみつける。

そして芸術は、外的生活が僧院のようにしずかであってさえも、長いあいだには、ほうらつな情熱と享楽とにみちた生活によっても、めったに生み出され得ぬような、神経のぜいたくと過度の洗練と倦怠けんたいと、そして好奇心とを生み出すのである。


posted by 美健マスター at 07:24| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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