2017年11月20日

娯楽読物4-19 今では毎日毎日、あの熱い頬をした神が

 今では毎日毎日、あの熱い頬をした神が、はだかで、火をふく例の四頭立の馬車をかって、ひろい天空を走っていた。そしてかれのきいろの捲毛は、それと同時におさまりかけた東風の中で、ひらひらとなびいた。ほの白い絹のような光沢が、ゆるくうねる海の沖合にかかっている。

砂はしゃくねつしている。銀いろにちらちら光る大気の青みの下には、ばらいろの帆布が浜小屋の前に張り渡されて、その帆布のつくる、くっきりとくまどられた影の班点のうえで、人々は午前のいくときをすごしていた。

しかし宵もまたこの上なくこころよかった――遊園の草木が芳香をはき、空の星屑がいつもの輪舞をおどり、そしてやみに包まれた海のつぶやきが、かすかに押しのぼりながら、たましいに語りかける時には。こういう宵は、軽い秩序をもった暇ひまのある、そして好ましい偶然の、おびただしい、ぎっしり並んだ可能性でかざられている、新しい晴朗な一日を、ひそかに喜ばしく保証してくれるのだ。

 じつにぐあいのいい不運によって、この地に引きとめられたあの旅客には、その持物をふたたび手に入れたことに、再度の出発の理由を見いだすなぞ、思いもよらぬことだった。かれは二日のあいだ、多少の不便をしのばねばならなかったし、大食堂での食事に、旅行服のまま出ねばならなかった。

やがて、迷っていた荷物がようやくまたかれの部屋におろされたとき、かれは徹底的にそれをほどいて、とだなやひきだしを自分のもので一ぱいにした――さしあたりいつまでと限らずに滞留することにきめ、そしてなぎさでの時間を絹の服ですごし得ることや、ばんさんの時にふたたび然るべき夜の服装で、自分の小卓に姿を見せることに満足して。

 この生活のこころよい均斉な調子は、早くもかれをかなしばりにしてしまったし、こういう暮らしかたのやわらかな輝やかしい静穏は、たちまちかれをうっとりとさせてしまった。これはじっさいなんという滞在地であろう。

南国の海辺の洗練された水浴生活の魅力と、珍奇で玄妙なこの都市の親しく迎えてくれるような近さとを、それは結びつけているのだ。アッシェンバッハは享楽を好まなかった。

仕事を休んだり、安息に専念したり、のんきな日々をすごしたりせねばならぬ場合にはいつでも、またどこでも、かれはすぐに――そしてことにもっと若い頃にはそうだったが――不安と嫌忌けんきをおぼえて、日常生活のけだかい艱難かんなんへ、神聖で冷静な奉仕へもどりたくてたまらなくなるのだった。

ただこの土地だけはかれを魔法にかけ、かれの意欲をゆるめ、かれを幸福にした。よく午前中、自分の小屋の日よけの下で、南国の海の紺青こんじょうをながめてぼんやり夢みながら、あるいはまたなまあたたかい夜、サン・マルコの広場に長い時をすごしたあと、そこから大きな星のかがやく空のもとを、リドまでのってかえるゴンドラの、クッションに身をもたせながら

――するとにぎやかな灯火や、セレナアドのとけるような響きが、あとに取り残されて行くのだが――かれは山地にある自分の別荘のことを、雲が低く庭を横ぎって走り、おそろしい雷雨が夜、家の灯を消してしまい、そしてかれのかっているからすどもが松のこずえで舞っている、あの夏の力闘の場所のことを、思い起こすのであった。

そういう折、かれははるかに仙境へ、地球の果へきてしまっているように思うことがよくあった。そこは世にもかろやかな生活が人間に授けられていて、雪もなく冬もなく、あらしもなく豪雨もなく、海神がたえまなくやわらかに涼しいいぶきを立ちのぼらせ、そして日々がめぐまれたゆとりのうちに、のどかに平和に、しかも全くただ太陽とその祝典にのみ捧げられつつすぎてゆくところなのである。

 なんどもなんども、ほとんど間断なく、アッシェンバッハは少年タッジオを見た。限られた空間、だれにでも与えられている生活の秩序から、当然、その美しい少年が、短かいまをおいて終日かれの近くにいる、という結果が生じたのである。

かれはいたるところで少年を見、少年に出会った。――ホテルの階下の部屋部屋で、町への往復の涼しい船路で、広場そのものの壮麗そうれいなけしきのなかで、そして偶然が力をそえてくれれば、そのあいまになおしばしば、ほうぼうの大路小路で。

しかしおもに、そしてきわめてうれしい規則正しさで、なぎさの午前が、あのかわいい姿に帰依きえと研究とをささげる長い機会を、かれに提供してくれた。そうだ。幸福がこんなふうに拘束こうそくされていること、情況の恩恵がこんなふうに毎日きまって再びはじまること、これこそはまさしく、かれにこの滞留をとうとく思わせるものであり、晴朗な一日をいかにもあいそよくさし出しては、次々に並べてゆくものなのであった。





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2017年11月19日

娯楽読物4-18 変にうそのような、はずかしいような、こっけいで夢のような冒険だった

 変にうそのような、はずかしいような、こっけいで夢のような冒険だった――つい今しがた、きわめてふかい憂愁のまま、永久に別れを告げたばかりの場所に、運命の手でくるりと向きをかえさせられ、もときたほうへ吹き流されて、同じひとときのうちに再会するというのは。

へさきにあわを立てて、こっけいなすばしこさで、多くのゴンドラや汽船のあいだを、側面から風を受けて走りながら、この小さいせっかちなのりものは、矢のようにその目的地へと突進して行った――たったひとりの乗客が、いまいましげなあきらめの仮面の下に、脱走した少年のもつような、不安と自負のこもった興奮をかくしているあいだに。

まだ相変らず、時折、この不運についての笑いが、かれの胸を動かしていた。それは――かれが自分に言ったとおり――幸運児をさえこれほど好意的にみまうことはあり得ないような不運なのだ。いろいろ説明をして聞かせねばならず、いろいろな驚いた顔をがまんせねばならぬが――それがすめば――とかれは自分に言った――万事はまたよくなる。それがすめば、一つの不幸が予防され、一つの重大な過誤が訂正されたことになる。

そしてかれがうしろにしたと思っていたいっさいが、ふたたびかれの前にひらけ、任意の時間にわたってふたたびかれのものになるのだ。……それにしてもこの速い船脚は、かれの錯覚だろうか。それともほんとうにかてて加えて、風までがやっぱり海のほうから吹きつけているのだろうか。

 波が、島からホテル・エキセルシオオルまで設けられたせまい運河の、コンクリイトの岸壁に打ちよせていた。一台の乗合自動車が、もどってくるかれをそのホテルで待っていた。そしてさざなみの海を下に見る、まっすぐな道をとおって、かれを水浴ホテルまでのせて行った。ゆるいフロックコオトの、小柄な、ひげのある例の支配人が、出迎えのために、外の階段をおりてきた。

 小声でこびるような調子で、かれはこの突発事件をくやみ、それは自分および会社にとってすこぶる心苦しいことだ、と言ったが、しかし荷物をここで待つというアッシェンバッハの決心には、確信を以て賛成した。――もちろん今までの部屋はふさがってしまったが、それでもあれに劣らないのをすぐに用立てる、というのである。

「Pas de chance, monsieur(ご運がなかったのですね)」と例のスイス人のエレベエタアがかりが、すべるように昇ってゆくとき、そう言った。こうして逃亡者はふたたび宿を与えられたのである――もとの部屋と、位置も設備もほとんど完全にひとしい部屋に。

 この奇妙な午前中の旋回に疲れてぼんやりしてしまったかれは、てさげかばんの中味を部屋の中にあんばいしたあと、ひらいた窓のわきの安楽いすに腰をおろした。空はまだ灰いろなのに、海は淡緑の色調をおびて、空気は前よりもうすくきよらかに、小屋やボオトのあるなぎさは、前よりも色彩を増したように見えた。

アッシェンバッハはそとをながめていた――両手をひざにおいたまま、ここへもどってきたことに満足しながら、自分の移り気に、われとわが願望を知らぬのに、不満を感じて頭をふりながら。そのままかれはおよそ一時間ばかり、休息しながら、そしてぼんやり夢みながらすわっていた。

正午ごろ、かれはタッジオを見かけた。赤いネクタイのついた、しまのあるリンネルの服を着て、タッジオは海のほうから、なぎさの往来どめのさくをくぐり、板張りの道にそうて、ホテルへ帰ってくるところだった。アッシェンバッハは、その高い場所から、すぐに、まだほんとうに目をそそがないうちに、それがタッジオだとわかった。

そうして「おや、タッジオ、きみもやっぱりまたいたんだねえ。」といったようなことを考えようとした。しかしその同じせつなに、かれはこのさりげないあいさつが、自分の心の真相の前に、力なく倒れて沈黙してしまうのを感じた。

――自分の血の感激と、たましいの歓喜と苦痛とを感じた。そして、タッジオのゆえにこそ、あれほど告別がつらく思われたのだ、とさとった。

 かれは全く身動きもせず、全く姿を見られずに、その高い席にすわったまま、自分の心の中をのぞきこんでいた。顔いろは活気づいて、眉はあがり、好奇的な生彩のある、注意ぶかい微笑が、口もとを引きしめていた。

やがて頭をあげると、いすのひじかけを越えてだらりとたれている両腕で、ゆっくりとまわすような、あげるような動作をえがいた――てのひらを前に向けながら、両腕をひらいてひろげることを暗示するかのようにである。それは心から進んで歓迎する、おちついて受けいれるしぐさであった。



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2017年11月18日

娯楽読物4-17 それは潟を横切り、サン・マルコをすぎ

 それは潟を横切り、サン・マルコをすぎ、大運河をさかのぼってゆく、なじみの深い船路ふなじだった。アッシェンバッハは、船首のまるい腰掛に腰をおろして、腕をらんかんにささえたまま、片手で目をおおっていた。いくつもの公園があとになった。

小さい広場がもう一度、威儀のある典雅な様子でひらけてきて、それから見すてられた。高楼の大きな列が見えてきた。そして運河が方向を転じると、リアルトオ橋のみごとに張りわたされた大理石のアアチがあらわれた。旅人はじっとながめた。

そしてかれの胸はさけていた。この都市のふんいき――海と湿地との少しくさったようなにおい、かれがあれほどのがれたいと思ったそのにおい――それを今かれは、深い、したわしくせつない息づかいで、吸っているのだ。

いかに烈しく自分の心が、これらすべてに愛着をよせているか、それをかれが意識しなかった、考えてみなかった、というのはあり得ることだろうか。けさはなかば心残りだったもの、自分の行為の正しさについてのかすかな疑惑だったもの、それが今は憂愁ゆうしゅうとなり、ほんとうの悲痛となり、いくたびかかれの目に涙を浮かばせたほどのはんもんとなった。

そしてそれは自分がとうてい予知し得なかったはんもんなのだ、とかれはみずからに言った。かれがじつにたえがたいと、いや、時にはどうしてもがまんができないと感じたものは、明らかに、自分は二度とヴェニスを見る折はなかろう、これが永久の別れだ、という考えなのであった。

なぜと言って、この都がかれを病やませるということがわかったのは、これで二度目なのだし、かれがこの都をあわてて逃げ出さざるを得なくなったのは、これで二度目なのだから、従って今後かれはむろんこの都を、自分には不可能な、そして禁制の滞留地と見なすほかはなく、かれはこの地にたえることができぬのであり、この地を再びおとずれるなぞは、無意味なことであろう。

じっさいかれは、もしいま旅立ってしまえば、二度も肉体的に自分を閉口させた、このなつかしい都に再会することは、はじらいと反抗心がさまたげずにはおくまい、と感じたのである。

そうして心的な愛好と身体的な能力とのあいだのこの係争が、この初老の男にとって、突然、いかにも重大な緊要なものに思われ、肉体の敗北がいかにも屈辱的な、どうあってもくいとめるべきものに思われた結果、かれは、きのう別に気を入れて戦いもせずに、その敗北をこらえよう、承認しようと決心したあの軽率なあきらめかたが、われながらのみこめないほどであった。

 かれこれするうち、汽船は停車場に近づいた。そして苦痛と困惑は、混乱にまでたかまってしまった。このなやんでいる男にとって、旅立ちは不可能と思われたし、あともどりも同様不可能と思われた。こうして全く思いみだれながら、かれは停車場へ歩み入った。

時間は非常におそかった。もし列車にのるつもりなら、一刻もぐずぐずしてはいられないのである。かれはのるつもりでもあり、またのるつもりでもなかった。しかし時刻は迫る。かれをむちうって進ませる。かれは急いできっぷを買うと、構内のさわがしいなかで、ここに詰めている例のホテル会社の社員を物色した。

その人間が現われてきて、大きなトランクはあずけました、と報告した。もうあずけた? ――はあ、たしかに――コモ行として。――コモ行? ……そしてあわただしい言葉のやりとりから、怒気をふくんだ問いと、まごついた答えから、すでにホテル・エキセルシオオルの荷物係りの手にあったその大トランクは、別な人たちのほかの荷物といっしょに、全く方角ちがいへ送りだされた、ということがわかった。

 アッシェンバッハは、こういう事情のもとでただ一つもっともだと思われる顔つきを、懸命にたもとうと努めた。ある冒険的なよろこび、うそのようなおかしさがこみあげてきて、ほとんどけいれんのようにかれの胸をゆすぶった。

社員は、できればなおトランクをさしとめようとして、あたふたととんで行ったが、果してむなしく引き返してきた。さてそこでアッシェンバッハは、荷物なしで旅行するのはいやだ、あともどりをして、水浴ホテルで、その品の再到着を待つことにきめた、と言い渡した。

会社のモオタアボオトは停車場のそばにとまっているのか。――つい近くにとまっている、と男は確言した。男はイタリア語で雄弁をふるって、出札がかりを説いて、売った乗車券を買いもどさせた。トランクを早く取りもどすために、電報を打つことにする、少しも費用と手数を惜しまぬようにする、とちかった。

そして――こういうわけで、この旅行者が、停車場に着いてから二十分の後には、ふたたび大運河の中を、リドへの帰路についているという、奇妙なことが起こったのであった。

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2017年11月17日

娯楽読物4-16 ホテルに帰り着くと、かれはまだ

 ホテルに帰り着くと、かれはまだばんさんもすまぬうちに、事務所で、思いがけない事情にせまられて、あしたのあさ出発せねばならぬ、と言い渡した。かれは遺憾いかんの意を表された。勘定をすました。食事をしてから、なまあたたかい宵を揺ゆりいすに腰かけて新聞をよみながら、裏側のテラスですごした。眠りにつく前に、荷物をすっかりまとめて、いつでも旅立てるようにしておいた。


 さしせまった再出発が心をおちつかせないので、かれは存分にはねむらなかった。朝になって窓をあけると、空は相変らずくもっていたが、空気は前よりもさわやかになっているらしかった。すると――かれはやはり早くも後悔しはじめた。

あの通告は、性急なまちがったものではなかったか。一つの病的な薄弱な状態を示す行動ではなかったか。もしあの通告をもう少しひかえていたとしたら――あんなにすぐ気を落さないで、ヴェニスの空気へ順応しようという試みに、または天気の好転に、いっさいをゆだねたとしたら、そうしたら今ごろは、いそがしさと重荷の代りに、きのうと同じようななぎさの午前が、かれの目前にあるわけなのだ。

もうまにあわない。今となっては、きのう欲したことを欲しつづけるほかはないのだ。かれは身なりをととのえて、八時に、朝食をとるべく、エレベエタアで一階へおりて行った。

 かれが入って行ったとき、例の小さい食堂には、まだひとりの客もいなかった。かれが席について、注文したものを待っているうちに、ぽつぽつやってくる人があった。ちゃわんを口にあてたまま、かれはあのポオランドの少女たちが、付添いの婦人といっしょに現われるのを見た。

かの女たちは厳格な、朝らしくすがすがしい様子で、目を赤くしたまま、窓ぎわのすみにある自分たちの食卓へと進んで行った。そのすぐあと、門衛がかれのそばへ、帽子をぬいだなりよってきて、出発をうながした。――かれとそのほかの旅客たちを、ホテル・エキセルシオオルまでのせてゆく、自動車のしたくができている。

ホテルからはモオタアボオトで、会社の専用運河をとおって、停車場までお送りする。時刻はせまっている――という。アッシェンバッハは、時刻は決してせまっていない、と思った。かれののる列車の出発までには、まだ一時間以上もまがあるのだ。旅立ちの客をそうそうに送り出してしまうという旅館のならわしが、かれには腹立たしかった。

そしてかれは門衛に、自分はおちついて朝食がとりたいのだ、という意味を示した。男はためらいがちに引っ込んで行ったが、五分ののちにまた現われた。車はこれ以上待っていない、と言う。それなら車を出すがいい、そして自分の荷物はのせて行くがいい、とアッシェンバッハは、むっとして答えた。

――自分自身は任意の時刻に、公共の汽船を利用するつもりだから、どうか自分の退去についての配慮は、自分自身にまかせておいてもらいたい。――その使用人は腰をかがめた。アッシェンバッハは、うるさいとくそくを追い払ったのにほっとして、ゆうゆうと朝食を終った。

その上なお、給仕に新聞を持ってこさせさえした。かれがやっと席を立ったときには、時間はかなり切迫していた。そのせつなに、偶然、タッジオがガラス戸から入ってきた。

 かれは自分の一家の食卓へゆく途中で、出発しようとするアッシェンバッハのゆくてを横切った。かれはこの白髪の、広いひたいの男のまえに、つつましく目をふせたが、すぐにまたその目を、例の愛くるしい調子で、やわらかくまともにかれのほうへあげてから、通りすぎて行った。

さよなら、タッジオ、とアッシェンバッハは思った。――会ったのはわずかのあいだだったね。――そうしてかれはいつものくせとは逆に、考えたことをじっさいくちびるで形にあらわして、無意識につぶやきながら、こうつけ加えた。

「幸福をいのるよ。」――それからかれは出立した。心づけを分け与え、フランスふうのフロックコオトを着た例の小柄な物静かな支配人に、別れのあいさつをされて、きた時のように徒歩でホテルを出ると、手荷物をもった小使に付き添われながら、白い花の咲いている並木道をとおって、島を斜めに突切って、棧橋へむかった。

かれはそこに着いて、席を占めた。――そしてその次にきたものは、悔恨のあらゆる深みを通っての、憂苦にみちた、なやみの旅であった。

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2017年11月16日

娯楽読物4-15 正午すぎになぎさを去ってホテルへもどると

 正午すぎになぎさを去ってホテルへもどると、かれは自分の室までエレベエタアで運んでもらった。部屋の中でかれはかなり長いあいだ、かがみの前にとどまって、自分の白い髪と疲れた鋭い顔とを見つめていた。このせつな、かれは自分の名声のことを考えた。

そして自分のてきせつな、しかも典雅てんがの栄冠をいただいた言葉のゆえに、多くの人々が自分を往来で見知っていて、うやうやしく自分をながめる、ということを考えた。――ともかく思い浮かべられるかぎりの、自分の才能のあらゆる外的な成果を、頭に呼び起こした。

そして自分が貴族に列せられたことまで思い出したのであった。やがてかれは、中食をとるために食堂へおりて行って、例の小卓でたべた。食事を終ってから、エレベエタアにのったとき、同じく中食をすませてきた若い連中が、かれのあとから、その浮動する小部屋へ、どやどやと入ってきた。

そしてタッジオものりこんできた。かれはアッシェンバッハのすぐそばに立っていた。かれがこれほどそばにきたのははじめてである。アッシェンバッハが、塑像そぞう的なへだたりをおかずに、くわしく、かれの人間性のさまざまなこまかい点をこめて、かれを知覚し認識したほどの近さなのであった。

少年はだれかから話しかけられていた。そして言いようもなく愛くるしい微笑を浮かべて答えながら、早くも二階で、うしろむきに、目をふせたなり、ふたたび外へ出てしまった。美しさははにかませるものだ、とアッシェンバッハは思った。

そしてその理由をきわめてひたむきに熟考した。とはいえかれは、タッジオの歯なみが充分このましいものではないことを認めた。先が少しぎざぎざで、青白くて、健康らしい光沢がなく、時折痿黄病いおうびょう患者に見られるように、異様にもろそうな透明さをもっているのである。

かれは蒲柳ほりゅうの質だ、病身なのだ、とアッシェンバッハは思った。――おそらく長生きはしないだろう。そうしてかれは、そういう考えにともなう満足または安堵あんどの感じについて、自分に弁明をすることを断念してしまった。

 かれは自分の部屋で二時間をすごしてから、午後小蒸汽で、くさったにおいのする潟を横ぎって、ヴェニスへ行った。サン・マルコの近くで降りると、その広場で茶をのんでから、この土地での自分の日程にしたがって、街路を散歩しはじめた。ところが、かれの気分、かれの決心の、完全な激変をさそいだしたのは、このそぞろあるきなのであった。

 気持の悪いむしあつさが、街上によどんでいた。空気が非常に濃いので、住居や店や小料理屋などからわき出すにおいだの、油の臭気だの、香料のもやだの、そのほかいろいろなものが、散らないでもくもくとただよっているほどだった。

巻たばこのけむりは、ひとつところにたゆたっていて、なかなか消えてゆかない。せまいなかで押し合う人の群は、この散策者を楽しませるかわりに、うるさがらせた。長く歩いていればいるほど、このいとわしい状態は、いよいよ苦しくかれをとらえて行った。

これは、海風が熱風シロッコといっしょになってひき起こすことのある、興奮と弛緩しかんとをかねた状態なのであった。せつない汗がにじみ出た。目はきかなくなり、胸は重苦しく、熱が出て、血が頭の中で音を立てた。

かれは雑踏する商店街を逃げ出して、橋を渡って、貧しい人たちのいる裏町へ行った。そこではこじきたちがかれをうるさがらせた。そして運河から出るいやな蒸発気が、呼吸を不愉快にした。しずかな広場で――ヴェニスの中心にある、あの忘れられたような、魔法にかかっているような感じのする場所の一つで、泉水のふちにやすらいながら、かれはひたいをぬぐった。そして旅立つほかはないとさとった。

 こういう天候の時のこの都市が、かれにとって極度に有害だということは、二度目に、しかもこれでいよいよ最後的に、証明されたわけであった。片意地ながんばりは不合理な気がしたし、風の変る見込みは全く不たしかであった。すみやかな決断が肝要なのだ。今すでに帰郷することは、できない相談である。夏の住居も冬の住居も、かれをいれる用意はできていない。

しかしここだけに海となぎさがあるわけではない。そしてほかのところなら、潟だの、その潟から立つ熱いもやだのといういやな添え物なしに、海となぎさがあるのだ。かれは人からほめて聞かされたことのある、トリエスト付近の小さな海水浴場を思い出した。

そこへなぜ行かないのか。しかもこうやってまたも滞在地をかえることを、まだむだに終らせないように、なぜ即刻ゆかないのか。

かれは自分にむかって、決心したと宣告して、それから立ちあがった。もよりのゴンドラの発着所で、のりものにのると、かれは運河のうすぐらい迷路を、獅子の像が側面についている、きれいな大理石の露台をくぐりぬけ、ぬるぬるしたかべのかどをまがり、ゆらぐ水面に大きな看板を斜めにうつしている、悲しげな高楼の正面を通りすぎて、サン・マルコまでつれて行ってもらった。

そこまで行くのは、ひと苦労だった。というのは、レエス工場やガラス工場と提携しているゴンドラの船頭は、いたるところで、見物や買物のためにかれをおろそうとしたからである。そしてヴェニスをつらぬく奇怪な船旅が、持ち前の魅力をふるいはじめたとしても、このおとろえた女王の巾着きんちゃく切めいた商売気ぎは、ふたたびいまいましく興味索然さくぜんたらしめることに、力をつくしたのであった。



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