2017年12月05日

娯楽読物4-33 広場は太陽のないむし暑さのなかに横たわっていた

 広場は太陽のないむし暑さのなかに横たわっていた。なんにも知らぬ遊覧者たちは、カフェの前に腰かけたり、すっかりはとにうずまったまま、寺院の前にたたずんで、鳥たちが密集しながら、はばたきながら、押しのけ合いながら、くぼめたてのひらにのせてさし出されるとうもろこしのつぶをついばんでいる様子を、見物したりしていた。

熱病めいた興奮のうちに、真相をかくとくして勝ちほこりつつ、そのくせ舌の上にむかつきの味を、心のなかにとほうもない恐怖を感じながら、孤独の男は豪華な中庭を行ったりきたりしていた。かれは一つの浄化的な礼儀正しい行動を考慮していたのである。

――自分は今夕、ばんさんのあとで、あの真珠でかざられた淑女に近づいて、自分が逐語的に立案している言葉を、かの女に告げてもいいわけだ。――「奥さん、見ず知らずの男が、あなたにひとつの忠告を、ひとつの警告をご用立てすることをお許しください。これは利己心というものが、あなたにさし上げることをおしんでいるものなのです。

御出立なさい、即刻、タッジオさんとお嬢さんがたをつれて。ヴェニスは疫病にかかっています。」かれはそう言ってから、ある皮肉な神の道具に使われている者の頭に、告別のために手をのせて、身をひるがえして、この泥沼から逃げ出してもいいわけである。しかし同時にかれは、自分が本気でそういう行動に出ようなぞと、それこそ夢にも思っていないのを感じた。

その行動はかれをつれもどすかもしれない。かれをかれ自身に返却するかもしれない。しかしだれでも自分のそとへ出てしまったものは、自分の中へふたたびはいることを、もっともいみきらうものである。かれは、夕日にかがやく銘にかざられたひとつの白い建物を思い起こした。

その銘のもつ透明な神秘の中へ、かれの心の目は没入していたのであった。その次には、あのふしぎなさまよいびとの姿を思い起こした。それはこの初老の男に、遠国と異郷への青年めいた思慕しぼをめざめさせた姿であった。

すると、帰郷、分別、冷静、辛苦しんく、練達れんたつなどの考えは、かれの顔が肉体的なむかつきの表情にまでゆがめられたほどに、かれを不愉快でたまらなくした。「だまっているべきだ。」とかれははげしい調子でささやいた。

「わたしはだまっていることにする。」みずからの共謀きょうぼう、連累れんるいという意識が、ちょうど少量のぶどう酒が疲れた脳を酔わせるように、かれを酔わせた。災禍にみまわれた、放任されたこの都市の光景が、陰惨いんさんにかれの精神のまえに浮動しながら、かれのうちにいろんな希望を――不可解な、理性を乗り越えた、そして奇怪な甘さをもつ希望を、もえ立たせた。

さっき一瞬間、かれのゆめみたあの弱々しい幸福なぞ、これらの期待にくらべれば、かれにとってなんであろう。こんとんの利得と対照するとき、芸術とか美徳とかいうものが、かれにとってなおなんの価値があろう。かれはだまった。そしてとどまった。

 その夜、かれはおそろしい夢をみた――もしも次のような肉体的でかつ精神的な閲歴えつれきを夢と呼ぶことができるとすれば。その閲歴は最も深いねむりと、最も完全な独立と、感覚的な現在とのなかで、かれにおこってきたものだが、しかしかれは、自分がいろんな事象の外側にいて、空間のなかに歩みかつ存在しているのを見たわけではない。

それらの事象のぶたいは、むしろかれのたましいそのものであって、それらはかれの抵抗――深刻な精神的な抵抗を、遮しゃ二無二打ちくじきながら、外部から進入してきて、通りぬけて、かれの存在を、かれの生活の文化を、ふみにじりうちくだいたままに残して行ったのである。


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posted by 美健マスター at 06:00| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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