2017年12月04日

娯楽読物4-32 数年前からすでに、インドのコレラは

 数年前からすでに、インドのコレラは、まんえんと移動のいよいよいちじるしい傾向を現わしつつあった。ガンジス河の三角州の熱い湿地からうまれ、人のよりつかぬ、うっそうとして無益な、原始のままの荒野と島の荒野――そこの竹やぶにはとらがうずくまっているのだ

――その荒野の毒気をふくんだいぶきとともに立ちのぼって、この疫えき病は、持続的にかつ異常にはげしく、全インドに猛威もういをふるった上、東のほうはシナへ、西の方はアフガニスタンとペルシアへ進入して、隊商の交通の主要路にそいながら、その恐怖をアストラカンにまで、いや、モスコオにまでも伝えたのである。

しかしその妖怪ようかいがそこから陸路を取ってのりこんでくるかもしれぬ、とヨオロッパがおののいていたあいだに、妖怪はシリアの商船で海上を引かれて行って、地中海の諸港にほとんど同時に出現し、ツウロンとマルガで首をもたげ、パレルモとナポリでたびたび顔を見せ、そしてもうカラブリアとアプリアの全土から、立ちのこうとしない様子だった。

この半島の北部は災害を受けずにすんだ。ところがことしの五月なかば、ヴェニスで、全く同じ日に、ある船頭の下ばたらきとある青物売の女との、やせおとろえた黒ずんだ死体の中に、おそるべき螺旋菌らせんきんが見いだされた。

この事件はひみつに付された。しかし一週間後には、それが十件になり、二十件、三十件になって、しかもさまざまな区域に及んだ。オオストリアのいなかからきて、自分の楽しみのために、数日ヴェニスに滞在していた男が、故郷の小さい町へ帰ると、うたがわしい徴候をあらわして死んだ。

こうして潟の都ヴェニスの災禍についての最初の風評が、ドイツの新聞に出ることになったのである。ヴェニスの官憲は、市の健康状態がかつてこれほど良好だったことはない、と答えさせた。そして最も必要な駆除法を講じた。

しかしおそらく食料品が――野菜か肉類か牛乳かが、感染を受けたのであろう。なぜといって、否定されもみ消されながらも、死は裏町のせまいなかにはびこって行ったのである。そして不時にはじまった夏の炎熱――そのために運河の水はなまあたたかくなってしまったのだが――それがとりわけまんえんを助けた。

それどころか、なんとなく疫病がその力をさらに強められたような、その病源体のねばりと繁殖力が倍加されたような模様であった。回復した病例はまれだった。罹り病者の八割は死んだ――しかもおそるべき死にかたで。

なぜならこの災厄さいやくは極端な狂暴さで現われてきて、あの「乾性」と名づけられている、最も危険な形態をしばしば示したからである。その場合肉体は、血管から多量に分泌される水分を排出することさえできない。

わずか数時間のうちに患者はひからびてしまって、瀝青れきせいのように濃くなった血液のため、けいれんとかすれた悲鳴のうちに、ちっそくしてしまうのである。発病が、軽い不快ののちに、ふかい失神の形で起こる場合には――これは時折あることで、患者はその失神から二度とさめないか、またはほとんどさめることはない――かれはしあわせなのである。

六月はじめには、市民病院オスペダアレ・チビコの隔離病舎が、人しれず満員になった。ふたつの孤児院が手ぜまになりはじめた。そして新しい礎壁の波止場と墓地のある島、サン・ミケレとのあいだには、おそるべくひんぱんな交通がいとなまれた。

しかし一般的損害への恐怖、公園に開かれたばかりの絵画展覧会へのおもわく、恐慌とボイコットの場合に、ホテルだの商店だの、雑多な旅客営業全体をおびやかす大きな損失へのおもわくのほうが、この都では、真理愛よりも、そして国際協定の尊重よりも、さらに力強く示された。

それは官憲を動かして、沈黙と否認の政策をねばりづよく維持させたのである。ヴェニス最高の衛生官吏は――功績のある男だったが――ふんがいしてその職をしりぞいてしまった。そしてもっと従順な人物が、こっそりその後任になった。

大衆はそれを知っていた。そして上位者たちの腐敗ふはいは――一般の不安――跳梁ちょうりょうする死によってこの都市のおちいった非常事態――と相まって、下層の人たちのある道徳的荒廃をひき起した。つまりそれは、明るみをきらう反社会的な本能をはげますことで、これが不節制、厚顔無恥、増大する犯罪性となって現われてきたのである。

例になく、宵には多くの酔漢が見受けられた。夜ふけには、凶悪な無頼の徒が街路を不安にするといううわさであった。おいはぎとそれから殺人さえもくり返された。というのは、疫病のぎせいになったと称せられた人たちが、かえってかれら自身の親類によって、毒薬であの世へ送られたのだということが、すでに二度も判明していたのである。

そして営業上のだらしなさは、平生この土地では知られていないような、ただこの国の南部と東洋とでのみなれているような、押しつけがましいほうらつな形を取っていた。これらの事柄について、そのイギリス人は、こういう決定的なことをのべた。

――「みょうにちよりも、」とかれは結んだのである。「むしろこんにちお立ちになるほうが、ご得策だと思います。交通遮しゃ断がしかれるのは、あと数日を出ないうちでしょうから。」――「どうもありがとう。」とアッシェンバッハは言って、その事務所を出た。

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posted by 美健マスター at 06:00| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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