2017年11月30日

娯楽読物4-28 目のくらんでいるアッシェンバッハの考えかたは

 目のくらんでいるアッシェンバッハの考えかたは、そんなふうに規定されていたし、かれはそんなふうにして自分をささえ、自分の品位をたもとうと努めた。しかし同時にかれは、さぐるような強情な注意を、ヴェニスの都心での不潔なできごとに、たえまなくふりむけていた。

かれの心の冒険と暗々裡りに合流して、かれの情熱を漠とした無法則な希望ではぐくんでいる、あの外界の冒険に対してである。災厄さいやくの情勢と進展について、新しい確実なことを知ろうと熱中して、かれは市中のコオヒイ店で、故郷の新聞にすみからすみまで目を通した。

そういう新聞は数日以来、ホテルのロビイにある新聞台から姿を消していたからである。紙上にはいろんな主張と取消がかわるがわる出ていた。罹り病と死亡の数字が、二十、四十、いや百以上にも及ぶ、とあるかと思うと、そのすぐあとで、疫えき病のいっさいの出現が、きっぱりと打ち消されていないまでも、すくなくとも全くまれな、外部から持ちこまれた場合だとされていた。

イタリア官憲の危険な遊戯に対する、警告的な危惧きぐや抗弁が、ところどころにはさんであった。確実なことはつかめないのである。

 それでもこの孤独な男は、このひみつに参与する特別な権利を自覚していた。そして除外されていながらも、かれは、ひみつを知っている人たちにいじのわるい問いをかけること、そして沈黙を申し合わせているかれらに、しいてあきらかなうそをつかせることに、奇怪な満足をおぼえた。

そういうわけで、ある日、大食堂での朝食のとき、かれは支配人に――あのフランスふうのフロックコオトを着た、小柄な、静かなものごしの男に詰問きつもんした。男はあいさつしたり監督したりしながら、食事中の客のあいだを動きまわっていて、アッシェンバッハの小卓のそばにも、二言三言しゃべるために、足をとめたのだった。

一体全体どういうわけで、と客はなげやりな、さりげない調子でたずねた。――ほんとにどういうわけで、ヴェニスはしばらく前から消毒されているのだろう。――「それはその、」と足音を立てぬ男は答えた。

「警察で講じた対策なのでございまして、このむすような、特別に暑いお天気では、一般の健康状態にいろいろと不利益な故障が起こるかもしれませんので、それを義務どおりに、早いうちにふせぎとめるはずのものなのでございます。」――「警察はほめられていいね。」とアッシェンバッハは応じた。そして気象について二三の言葉を取りかわしたあと、支配人はいとまを告げた。

 まだその同じ日のうちに、夕方、ばんさんのあとで、市中からきた大道歌手の小さな一団が、旅館の前庭で声をきかせるというできごとがあった。かれらは――男ふたりに女ふたりだったが――アアク灯の鉄柱のそばに立って、白く照らし出された顔を、大きいテラスのほうへあおむけていた。

テラスでは浴客たちが、コオヒイだのつめたい飲物だのをのみながら、甘んじてこの通俗的な演芸をきいているのであった。ホテルの従業員たち――エレベエタア・ボオイ、給仕、事務員などが、ロビイへ通ずる戸口に、じっときき入りながら姿を見せていた。

例のロシア人の一家は、享楽となると熱心でぬけめがなく、演技者たちのいっそう近くにいようとして、とういすを庭へおろさせたうえ、そこに半円をなしてうれしそうにすわっていた。主人たちのうしろには、巻頭巾タアバンのようなずきんをかぶって、かれらの老いたる女奴隷が立っていた。

 マンドリンとギタアとハアモニカと、そしてかぼそくふるえるバイオリンとが、このまずしい名人たちの手でかなでられていた。楽器の演奏に歌曲が入れ代った。つまり、鋭い、かえるのなくような声の、若いほうの女が、甘ったるい裏声のテノオルといっしょになって、欲情的な恋の二重唱を歌ったわけである。

しかし本格的な才人として、この同盟の頭領とうりょうとして、あきらかに腕を見せたのは、もうひとりの男だった。これはギタアの持ちぬしで、役どころからいうと一種の喜歌劇のバリトンで、そのくせ声はほとんど立たないのだが、しかし身ぶりはうまいし、いちじるしい喜劇的な活気をもっていた。

かれはなんども、大きな楽器をかかえたまま、ほかの連中のかたまりからはなれて、なにかの役を演じてみせながら、階段の近くまで進み出てくる。すると人々はかれのおどけたしぐさを、励ますような笑声でねぎらった。

とりわけ、例の平間にいるロシア人たちは、かくもゆたかな南国ふうの軽快さを見て、夢中で喜んでいる様子だった。そしてかっさいや呼びかけでかれを勇気づけて、いよいよ大胆に、いよいよ自信を以て、率直なふるまいをするように仕向けた。

 アッシェンバッハはらんかんのわきにすわって、前にあるコップのなかで、ルビイのように赤くきらめいている、ざくろの汁とソオダとをまぜたもので、時折くちびるを冷やしていた。かれの神経は低級な音や、卑俗な、やるせなさそうな韻律いんりつを、むさぼるように受け容れた。

なぜといって、情熱というものは、ぜいたくな感覚をなえさせるし、冷静な気持だったら、おどけたきもちで受け容れるか、憤然としてしりぞけるだろうような刺激に、大まじめでかかり合うからである。かれの顔つきは、道化師のちょうやくのために、こわばったような、すでに痛みを感じさせるような微笑にまで、ねじまげられていた。

かれはだらけた様子ですわっていたが、その一方、かれの内心は極度の注意で緊張していた。かれから六歩はなれて、タッジオが石のらんかんにもたれていたからである。

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posted by 美健マスター at 06:00| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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