2017年11月16日

娯楽読物4-15 正午すぎになぎさを去ってホテルへもどると

 正午すぎになぎさを去ってホテルへもどると、かれは自分の室までエレベエタアで運んでもらった。部屋の中でかれはかなり長いあいだ、かがみの前にとどまって、自分の白い髪と疲れた鋭い顔とを見つめていた。このせつな、かれは自分の名声のことを考えた。

そして自分のてきせつな、しかも典雅てんがの栄冠をいただいた言葉のゆえに、多くの人々が自分を往来で見知っていて、うやうやしく自分をながめる、ということを考えた。――ともかく思い浮かべられるかぎりの、自分の才能のあらゆる外的な成果を、頭に呼び起こした。

そして自分が貴族に列せられたことまで思い出したのであった。やがてかれは、中食をとるために食堂へおりて行って、例の小卓でたべた。食事を終ってから、エレベエタアにのったとき、同じく中食をすませてきた若い連中が、かれのあとから、その浮動する小部屋へ、どやどやと入ってきた。

そしてタッジオものりこんできた。かれはアッシェンバッハのすぐそばに立っていた。かれがこれほどそばにきたのははじめてである。アッシェンバッハが、塑像そぞう的なへだたりをおかずに、くわしく、かれの人間性のさまざまなこまかい点をこめて、かれを知覚し認識したほどの近さなのであった。

少年はだれかから話しかけられていた。そして言いようもなく愛くるしい微笑を浮かべて答えながら、早くも二階で、うしろむきに、目をふせたなり、ふたたび外へ出てしまった。美しさははにかませるものだ、とアッシェンバッハは思った。

そしてその理由をきわめてひたむきに熟考した。とはいえかれは、タッジオの歯なみが充分このましいものではないことを認めた。先が少しぎざぎざで、青白くて、健康らしい光沢がなく、時折痿黄病いおうびょう患者に見られるように、異様にもろそうな透明さをもっているのである。

かれは蒲柳ほりゅうの質だ、病身なのだ、とアッシェンバッハは思った。――おそらく長生きはしないだろう。そうしてかれは、そういう考えにともなう満足または安堵あんどの感じについて、自分に弁明をすることを断念してしまった。

 かれは自分の部屋で二時間をすごしてから、午後小蒸汽で、くさったにおいのする潟を横ぎって、ヴェニスへ行った。サン・マルコの近くで降りると、その広場で茶をのんでから、この土地での自分の日程にしたがって、街路を散歩しはじめた。ところが、かれの気分、かれの決心の、完全な激変をさそいだしたのは、このそぞろあるきなのであった。

 気持の悪いむしあつさが、街上によどんでいた。空気が非常に濃いので、住居や店や小料理屋などからわき出すにおいだの、油の臭気だの、香料のもやだの、そのほかいろいろなものが、散らないでもくもくとただよっているほどだった。

巻たばこのけむりは、ひとつところにたゆたっていて、なかなか消えてゆかない。せまいなかで押し合う人の群は、この散策者を楽しませるかわりに、うるさがらせた。長く歩いていればいるほど、このいとわしい状態は、いよいよ苦しくかれをとらえて行った。

これは、海風が熱風シロッコといっしょになってひき起こすことのある、興奮と弛緩しかんとをかねた状態なのであった。せつない汗がにじみ出た。目はきかなくなり、胸は重苦しく、熱が出て、血が頭の中で音を立てた。

かれは雑踏する商店街を逃げ出して、橋を渡って、貧しい人たちのいる裏町へ行った。そこではこじきたちがかれをうるさがらせた。そして運河から出るいやな蒸発気が、呼吸を不愉快にした。しずかな広場で――ヴェニスの中心にある、あの忘れられたような、魔法にかかっているような感じのする場所の一つで、泉水のふちにやすらいながら、かれはひたいをぬぐった。そして旅立つほかはないとさとった。

 こういう天候の時のこの都市が、かれにとって極度に有害だということは、二度目に、しかもこれでいよいよ最後的に、証明されたわけであった。片意地ながんばりは不合理な気がしたし、風の変る見込みは全く不たしかであった。すみやかな決断が肝要なのだ。今すでに帰郷することは、できない相談である。夏の住居も冬の住居も、かれをいれる用意はできていない。

しかしここだけに海となぎさがあるわけではない。そしてほかのところなら、潟だの、その潟から立つ熱いもやだのといういやな添え物なしに、海となぎさがあるのだ。かれは人からほめて聞かされたことのある、トリエスト付近の小さな海水浴場を思い出した。

そこへなぜ行かないのか。しかもこうやってまたも滞在地をかえることを、まだむだに終らせないように、なぜ即刻ゆかないのか。

かれは自分にむかって、決心したと宣告して、それから立ちあがった。もよりのゴンドラの発着所で、のりものにのると、かれは運河のうすぐらい迷路を、獅子の像が側面についている、きれいな大理石の露台をくぐりぬけ、ぬるぬるしたかべのかどをまがり、ゆらぐ水面に大きな看板を斜めにうつしている、悲しげな高楼の正面を通りすぎて、サン・マルコまでつれて行ってもらった。

そこまで行くのは、ひと苦労だった。というのは、レエス工場やガラス工場と提携しているゴンドラの船頭は、いたるところで、見物や買物のためにかれをおろそうとしたからである。そしてヴェニスをつらぬく奇怪な船旅が、持ち前の魅力をふるいはじめたとしても、このおとろえた女王の巾着きんちゃく切めいた商売気ぎは、ふたたびいまいましく興味索然さくぜんたらしめることに、力をつくしたのであった。





posted by 美健マスター at 06:00| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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