2017年11月09日

娯楽読物4-8 およそだれでも、はじめて、

 およそだれでも、はじめて、または久しくのらなかったあとで、ヴェニスのゴンドラにのらねばならなかったとき、あるかるいおののき、あるひそかなおじけと不安を、おさえずにいられた人があるだろうか。譚詩たんし的な時代から全くそのままに伝わっていて、ほかのあらゆるものの中で棺だけが似ているほど、一種異様に黒い、このふしぎなのりもの――これは波のささやく夜の、音もない、犯罪的な冒険を思いおこさせる。

それ以上に死そのものを、棺台と陰惨な葬式と、最後の無言の車行しゃこうとを思いおこさせる。そしてこういう小舟の座席――棺のように黒くニスのぬってある、うす黒いクッションのついたあのひじかけいすは、この世で最もやわらかな、最もごうしゃな、最も人をだらけさせる座席であることに、人は気づいたことがあるだろうか。

アッシェンバッハはそれを知覚した――船首にきちんとひとまとめにしてある自分の荷物とむかい合って、船頭の足もとに腰をおろしたときに。こぎ手たちは相変らず争っていた――乱暴に、わけのわからない言葉で、いかく的な身ぶりで。

しかしこの水都の一種特別なしずけさは、かれらの声をやわらかく受けいれて、とかして、流れの上一面にふりまくかに見えた。ここの港内はあたたかだった。熱風シロッコのそよぎになまぬるくさわられながら、しなやかな水の上でクッションにもたれたまま、旅人はいかにも異常な、と同時に甘美な遊惰を楽しみつつ、目をとじた。

船路ふなじは短かいのだろう、いつまでもつづけばよいものを、とかれは思った。かすかにゆられながら、かれは自分が雑踏と声のもつれから、すべり去ってゆくのを感じた。

 身のまわりが何と静かに、そしていよいよ静かになってゆくことか。かいの立てる水音、波が小舟のへさきに当って立てるうつろなひびき――へさきは急勾配に、くろぐろと、そして先端をほこのように武装されて、水の上に突き出ているのである――それからもうひとつ、ある言葉、あるつぶやき――歯のあいだから、けいれん的に、こぐ腕の動きにつぶされたような音おんで、ひとりごとを言っている船頭のささやき――そういうもののほかには、何ひとつきこえなかった。

アッシェンバッハは目をあげた。そしてかるいいぶかりとともに、身のまわりに潟かたがひらけて、船路が沖合へむかっているのに気づいた。つまり、かれはそうのんびりと休息しているわけにはゆかないような、意志の遂行を少しは志さねばならぬような情勢だったのである。

「じゃ、汽船の発着所までだ。」とかれは、なかばふりかえりながら言った。つぶやきはとだえた。なんの返事もなかった。

「じゃ、汽船の発着所までだ。」とかれはくりかえしながら、すっかりうしろをふりむいて、船頭の顔をまともに見あげた。船頭はかれのうしろの一段高くなった船べりの上に立ったまま、色のあせた空を背にして、高くそびえていた。

それは無愛想な、いや、残忍な顔つきの男で、水夫らしく青い着物にきいろの飾帯かざりおびをしめ、あみ目のほどけかかった、つぶれたむぎわら帽を、ぐいとななめにかぶっていた。かれの顔立と、上むきの短かい鼻の下にある、ブロンドのちぢれた口ひげとは、かれを少しもイタリア種らしく見せなかった。

からだつきはむしろ細いほうだから、その商売に大して長じているとは思えないにもかかわらず、かれはひとこぎごとに全身を投げかけながら、ぐいぐいといきおいよくかいをあやつっていた。二三度、気張ってくちびるをあとへ引きながら、白い歯をあらわした。赤ちゃけた眉をしかめて、客の頭越しにむこうを見やると同時に、きっぱりした、ほとんど乱暴な調子でかれは答えた。

「旦那はリドまで行くんでしょう。」
 アッシェンバッハは応じた。
「そりゃそうさ。しかしわたしがゴンドラにのったのは、ただサン・マルコへ渡してもらうためだ。わたしは小蒸汽を利用したいのだ。」

「小蒸汽にはのれませんよ。」
「と言うと、なぜだね。」
「小蒸汽じゃ荷物は運びませんから。」

 それはその通りだった。アッシェンバッハは思い出したのである。かれはだまった。しかしこの人間のぶっきらぼうな、高慢な、異国人に対してあまりにも国ぶりにそぐわぬ調子は、やりきれない気がした。かれは言った。

「それはわたしの勝手だ。もしかしたら、荷物は預けてしまおうかと思っている。あともどりするんだね。」
 しんとしたままだった。かいがぴたぴたと音を立て、水がにぶくへさきに当った。すると例の話し声とつぶやきが再びはじまった。――船頭が口の中でひとりごとを言っているのである。

 どうしたらいいのか。この妙に逆らうような、気味の悪いほどきっぱりした人間と、たったふたりきりで水の上にいる旅行者は、自分の意志を貫徹する手段を、何ひとつ持たぬのである。自分がもし腹を立てていないとしたら、ともかくどんなにかゆったりと休むことができるだろうに。

この舟路が長くつづくことを、いつまでもつづくことを、自分は願わなかったろうか。物事をなりゆきにまかせるのが、最も賢明なのだ。しかもそれは何よりもまず、きわめて快適なことなのだ。かれのうしろにいる専断的な船頭のかいのはこびに、ごくやんわりとゆられながら、かれの座席――低い、黒いクッションのついたひじかけいすからは、怠惰のもつ魅力が発散するかと思われた。

一人の凶漢の掌中におちいってしまったという観念が、夢のようにアッシェンバッハの心をかすめた――自分の考えを呼びあげて、能動的な防衛を講じさせることはできずに。すべてが単純なゆすりをめざしているのかもしれぬと思うのは、いっそう腹立たしい気がした。

一種の義務感または自尊心、いわば、そういうことを予防せねばならぬという警戒が、もう一度かれに気を取りなおさせる力をもった。かれは問うた。
「船賃はいくらだね。」

 するとかれの頭越しにむこうをながめながら、船頭は答えた。
「払ってもらいます。」

 これに対してどう言い返すべきかは、はっきりきまっていた。アッシェンバッハは機械的に言った。
「わたしは一文も払わない。びた一文も払わない。もしきみが、わたしの行こうとも思わないところへ、わたしをつれてゆくのならね。」

「リドへ行こうというんでしょう。」
「しかしきみといっしょには行かないよ。」
「じょうずにこいで行ってあげまさあ。」

 それはそうにちがいない、とアッシェンバッハは思った。そして緊張を解いた。――それはそうにちがいない。きみはじょうずにこいで行ってくれる。たとえきみがわたしの所持金に目をつけて、うしろからかいでひとなぐりして、わたしを冥府めいふへ送ったとしても、やっぱりきみはじょうずにこいで行ったことになるのだろう。

 しかしそんなようなことは何一つ起こらなかった。それどころか、道づれが現われてきた。それは音楽的なおいはぎども――ギタアやマンドリンにつれて歌う男女たちをのせた一隻のボオトで、その連中はあつかましくゴンドラとすれすれに進みながら、水の上のしずけさを、物ほしそうな、外国人向きの詩歌でみたしたのである。

アッシェンバッハは、さし出された帽子のなかへ、金を投げこんだ。するとかれらは沈黙した。そしてこぎ去った。そこで船頭のささやき声がまたきこえ出した。船頭はけいれん的に、きれぎれにひとりごとを言っているのである。





posted by 美健マスター at 06:00| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
生活に役立つ情報コレクション
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。