2017年08月22日

娯楽読物1-18 あるいは「東洋の紐育ニュウヨーク」

 あるいは「東洋の紐育ニュウヨーク」もしくは「東洋の桑港サンフランシスコ」――こう呼ばれている上海シャンハイも、昔ながらの支那街としての県城城内へ足を入れれば、腐敗と臭気と汚穢おわいとが、道路そとにも屋内うちにも充ち満ちていて、鋭い神経を持った人は近寄ることさえ忌み嫌った。

 そういう不潔の城内を差してラシイヌは歩いて行くのであった。しかしラシイヌは目的地へすぐに行こうとはしなかった。彼は自分のいる英租界を、黄浦河に沿って悠々と、仏租界の方へ歩いて行った。彼の道順には租界中での一番賑やかな街筋が――すなわち黄浦河の岸上の街まちと、蘇州渓の街とが軒を並べ、街路整斉と立っている。街には人が出盛っていた。

馬車、自動車は鈴を鳴らし、広い車道を馳はしって行く。三層五層の大厦の窓は、悉ことごとく扉を開け放され忙しそうに働く店員達の小綺麗な姿が見えている。上海棉花公司とか、広徳泰軋れき花廠とか、難解の文字の金看板が、家々の軒にかかっていて、夕陽にピカピカ光っている。九江路キウキャンルーを右に曲がり、福建路フウキンルーを行き尽くし、それから初めて仏租界へ、ラシイヌはゆっくり足を入れた。

 英租界の繁華に比較しては、仏租界の方はやや寂しく、その代り上品で粋であった。紳士と連れ立った淑女達や、大きな金剛石ダイヤの指輪を飾った俳優じみた青年や、翡翠ひすいの帽子を戴いて、靴先に珠玉たまをちりばめた貴婦人などの散歩するのに似つかわしい街の姿である。

 ラシイヌは静かに歩きながらも、左右に鋭く眼を配って、全身の注意を耳に蒐あつめ、ある唄声を聞こうとした。しかし唄声は聞こえない。足音や話し声や笑い声や、器物の動く音などは、行く先々で聞こえてはいたが、聞こうと願う唄はどこからも聞こえては来なかった。ラシイヌは仏租界を歩き尽くし、しばらくそこで躊躇したが、やがてグルリと大迂回をして米租界の中へ進んで行った。

 仏租界ほどの品もなく、英租界だけの規律もなく、ただ米租界は紛然として、繁昌[#「繁昌」は底本では「繁晶」]を通り越して騒がしかった。街々を歩いている人々には、印度インド人もあれば、土耳古トルコ人もある。煙草たばこばかり吹かしている洪牙利ハンガリー人や、顔色の黒いヌビヤ人や、身長せいの高くない日本人や、喧嘩早い墨西哥メキシコの商人などが、黄金かねの威力に圧迫され、血眼ちまなこになって歩いている。

各国の領事館や銀行の立派な建築たてものが街々に並び、倉庫、桟橋、郵便局などが、到る所に並んでいる。上海の本当の持ち主の支那の商人は米租界でも最も狡猾なるあきゅうどとしてどこへ行ってもうよついている。
 ラシイヌはゆるゆる歩きながら、左右の光景を眼で眺め、湧き起こる音響を耳で聞き、先へ先へ進んで行った。

 しかしやっぱり聞きたいと願う、その唄声は聞こえなかった。こうして彼は米租界をも、失望をもって通り過ぎた。そして今度は足を早めて、いよいよ目的の県城の方へ、彼はズンズン進んで行った。
 街まちは次第に寂しくなる。そして道路の不潔さは、ラシイヌの眼を顰ひそめさせる。

 城内と城外とを距てている城壁の前まで来た時に、いつもながら彼は感嘆してしばらく立って眺めていた。城壁の周囲三十支那里、磚瓦せんがをもって畳み重ね、壁の上には半町ごとに厳しい扶壁が作られている。長髪賊の乱の時初めて備えられた大砲が、扶壁に残ってはいるけれど、ほとんど使用に堪えないまでに青黒く砲身が錆びている。

城壁に沿うて丈なす草が、人に苅られず生い茂り、乏しい紅白の草花が咲いているのも野趣がある。昔、戦国の世の時代に、養う食客三千人と、世上の人に謳うたわれた、春申君と申す人の、長く保った城である。城には七つの郭門もんがある。郭門もんは城内の旧市街にいずれも通じているのであって、道台衙門のある所はすなわち東大門内である。知県衙門のあるところは小東門内の中央である。

 日没を合図に内外の市街まちは――県城内の旧市街と県城外の新市街とは、交通を遮断する掟おきてであってその日没も近づいているので、ラシイヌは郭門の一つから城内へ急いではいって行った。城内の街の狭隘せまさは、二人並んで歩くことさえ出来ぬ。凸凹の激しいその道には豚血牛脂流れ出しほとんど小溝をなしている。

下水の桶から発散する臭気や、葱ねぎや、山椒さんしょうや、芥子けしなどの支那人好みの野菜の香が街に充ち充ちた煙りと共に人の嗅覚を麻痺させる。小箱のような陋屋ろうおくからは赤児の泣き声や女の喚き声や竹の棒切れで撲る音などが、巷に群れている野良犬の声と、殺気立った合唱コーラスを作っている。

 街には人が出盛っていて、あっちでもこっちでも支那人らしい誇張した声音と身振りとで「負けろ」「まけない」の掛け合い事――つまり、商売をやっている。誰も彼もみんな忙がしそうだ。そういう忙がしい人達を縫って、さも隙そうな若者どもが、小唄を唄いながらぶらついている。

仔細に見るとそれらの者はいずれも逞たくましい体をした働き盛りの若者である。しかも彼らは働こうともせず、唄を唄って歩いている。彼らのうたうその唄こそは、ラシイヌの聞きたがっている唄である。

古木天を侵して日已に沈む
天下の英雄寧ろ幾人ぞ
此の閣何人か是れ主人
巨魁来巨魁来巨魁来




posted by 美健マスター at 06:00| ★娯楽読物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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